後夜祭ネタで。日野×冬海、ほのぼのです。
「flower*flower」
後夜祭のダンスパーティの真っ最中のことだった。
一年の冬海笙子は、さきほどまで自分の傍にいた日野香穂子の姿が見えなくなっていることに気がついた。
……香穂先輩?
笙子はあたりを見渡した。
二日間の文化祭の最後を飾るダンスパーティ。
会場となっているエントランスには、優雅なウィンナワルツが流れ、いつもは購買でお目当てのパンをめぐっての賑やかな争奪戦が行われている場所とはまったく違って見えた。
生徒たちもそうだった。
正装し、ステップを踏む生徒たちは、普段の制服姿よりずっと大人っぽくみえた。
今日は笙子も青いドレスを身につけていた。
でも、それはダンスのためじゃない。
午後から講堂で行われた学内コンクール関係者によりコンサートに出演していたからだった。
そのコンサートは、講堂でのプログラムの中でも遅い時間の演目だった。
なので、後片付けを終えた足でそのまま後夜祭に参加していたのだった。
笙子はだれかとワルツを踊る約束はしていなかったので、日野香穂子と共に、その様子を眺めていた。
オケ部の先輩に声をかけられて、コンサートの感想を聞かせてもらってた数分の間に、日野香穂子は姿を消していた。
笙子は、香穂子の姿を求めて、エントランスの壁際を歩いていった。
……お手洗いかしら。
最初はそう思って、その場を動かないようにしていたのだが、戻ってくるには遅すぎる。
トイレのほうを遠目にちらちらと伺ってはいたが、混んでいる様子でもない。
なので、エントランス内を探索することにした。
淡い桜色のドレス。
今日の香穂子のドレス。
それを求めて、彷徨ったが、その姿は見つからなかった。
そしていつの間にか、開いていた扉から外に出てしまっていた。
エントランスの外にも生徒たちの姿がたくさんあった。
踊り疲れたのか立ち話している男女。
普通科の制服の集団。
どの人も楽しそうだった。
笙子は外の空気をすうっと吸った。
秋の夜にしては暖かい。
文化祭の二日間は、幸い天候に恵まれ、大勢の人でこの星奏学院の地は賑わった。
天空はすでに夜空で、澄んだ空気に星が瞬いていた。
エントランスから流れ聴こえてくる華やかなワルツの調べを後にして、笙子はその場から歩き出した。
どこにいくか決めていたわけではない。
少し静かな場所に行きたかったのかもしれない。
香穂子の姿を求めつつも、ひとりになりたかったのかもしれない。
文化祭自体は楽しかった。
でも、元々静寂を好む笙子にとっては、刺激が強い二日間だったかもしれない。
自覚しない疲れが溜まって、一息つきたかったのかもしれない。
笙子は、人を避けて、ふらふらと前庭に向かって歩き出した。
広い前庭は静かだった。
ワルツは、遠くにはなったが、聞こえてくる
校舎の電気はどこの階もついていて、人影が見える教室もあった。
エントランスのダンスパーティには参加せず、教室で仲間と盛り上がっている生徒もいるのかもしれない。
そんな想像に、笙子は自然と笑みがこぼれる。
いつも美しい星奏学院の庭は、夜もまた美しかった。
アールデコ調のレトロなデザインの外灯が灯り、また、校舎の窓から漏れる光で、前庭は思ったより暗くなかった。
笙子はいつの間にか、あの妖精像の前まで来ていた。
なぜ、学校の前庭にある像が妖精の姿をしているのか。
笙子は、もちろん、その理由を知っている。
「うわっ!」
その時、耳元で突然、聞き慣れた声がした。
あまりにも突然だったので、笙子も小さく悲鳴をあげて、後ずさった。
「あ、あれ……冬海ちゃん?」
はっと顔を向けると、そこには笙子が探していた人の姿があった。
日野香穂子だった。
驚いた顔で、こちらを見ていた。
「ごめーん、大丈夫? ぶつからなかった?」
「あ、はい、大丈夫です……香穂先輩こそ」
「私は大丈夫-」
香穂子はほっとした顔で、胸をなで下ろした。
「ちょっと、リリの様子を見てきたんだ~」
「あ、そうだったのですか」
不思議なことに、香穂子は音楽の妖精ファータのリリのいる場所に自由に出入りできるようなのだった。
その場所にいくには、この妖精像が目印らしい。
今、その場所から戻ってきたのだろう。だから、香穂子は突然この場に現れたのだった。
「どうでしたか? リリちゃんの様子は……」
以前、音楽の力が弱まってぐったりしているリリの様子をみている笙子は、もちろん彼のことを心配していた。
「うん、前よりずいぶん元気になってるよ。今日のコンサートが成功したおかげかも!」
香穂子が笑顔で答えた。
「よかった……」
そう呟く笙子に向かって、香穂子はまた笑顔で頷いてから、言った。
「それより冬海ちゃん、どうしたの? こんなところに来て」
「あっ、その……香穂先輩の姿が見えなくなったので……」
「ごめん! もしかして探しにきてくれたの?」
驚いた様子で香穂子が言った。
「そういえば……リリの様子見てくるって言ってなかったよね。ごめんね、冬海ちゃんがお友達と話してたから、つい、ふらっと……」
「いえ、いいんです。私もふらっとここまで来ちゃって……」
くすくすと二人は笑いあった。
ワルツはまだ流れている。
香穂子がエントランスのある普通科校舎のほうをみやって言った。
「中はどう? まだ盛り上がってる?」
「はい、とっても賑やかで……」
「そっかー」
香穂子の言葉に、笙子は言った。
「香穂先輩は、踊ってこなくていいんですか?」
「え、誰と」
「誰と言われても……」
「それより、冬海ちゃんこそ、踊ってこなくていいの?」
「……誰とですか?」
「そう言われても……」
香穂子は、頭を掻いた。
「だいたい、私、ダンスの仕方なんて知らないしさー。踊る予定だった人は、前もって練習してたみたいだけど……」
「音楽科は一応、ダンスの講習があるんです」
へーー! と香穂子は言った。
「じゃあ、冬海ちゃんは踊れるんじゃないの?」
「ええ……少しですが。習ったステップだけですけども」
「じゃあ、教えてよ」
「えっ、わ、私がですか?」
「うん」
えっと……と笙子は俯いた。
笙子は、香穂子の隣に並んだ。
流れてくる音楽に合わせて、笙子は一番基本のステップをやってみせる。
「……これが基本で……」
「うん、うん」
香穂子がそのまま真似をしてみせた。
「香穂先輩、リズムに乗ってください」
もう一度、笙子がステップの見本をみせた。
香穂子も再度、チャレンジする。
二人のステップが、シンクロした。
「そう、そうです」
「わあ、なんか楽しくなってきちゃった」
元々、楽器をやっているのだ。そもそものリズム感がいい香穂子は、二、三のステップをすぐに覚えた。
「香穂先輩、上達早いです」
「そう?」
と、いいつつ、まんざらでもない様子で笑顔を浮かべて、香穂子は隣にいた笙子の手を取った。
「えっ?」
「二人で踊ってみようよ」
両手をつなぐ。外にいた時間が長かったせいか、香穂子の手は冷たかった。
えーとと、香穂子は音楽に耳を澄ます。
ステップを踏み出すが、うまくかみ合わない。
「あれー?」
香穂子が首をかしげた。
「……香穂先輩、お互い女性のステップを踏んでも、ダメだと思います……」
「あ、そっか」
その言葉が少し残念そうに聞こえた。
「つまんないね、踊れない」
「……じゃあ、香穂先輩、失礼します」
笙子は、左手を香穂子の腰に回した。
「えっ?」
「私が男性役をやりますので」
「ええっ? できるの?」
「一応、練習の時に見てたので、簡単なのは……。でも私のほうが背が低いので、重心はかけすぎないようにしてください」
「う、うん」
「この曲なら、最初の基本のステップを踏むだけで大丈夫です」
華やかなワルツの音。
冬海がカウントをとってから、二人は最初のステップを踏んだ。
静かな前庭。かすかに聞こえるワルツ。
二人のヒールの音が、石畳に響く。でも、それは柔らかい音だった。
かつん、かつんと。
「すごい、ちゃんと踊れてる!」
香穂子が嬉しそうに声をあげた。
「はい。大丈夫です。香穂先輩」
「やってみると、意外と楽しいね」
その笑顔に、冬海も笑い返す。
私も楽しい。
遠くから聞こえてきたワルツが、少しゆっくり目のテンポの曲に変わった。
二人のステップもスピードが落ちる。
ゆっくりと踊りながら、冬海は香穂子に尋ねた。
「去年の後夜祭はどうされてたんですか?」
「去年? あ、去年はねー」
ぷっと香穂子がおかしそうに笑った。
「クラスでお化け屋敷やったのはいいんだけど、後片付けにすっごい時間かかっちゃってねー」
「ええ」
「まあ、翌日に片付けてもよかったんだけど、少し片付けよーっていったら、全然、終わらなくって~~」
おかしそうに香穂子は続けた。
「ダンスの約束ある子は、少しずつ抜け出しちゃってさ。居残った組で自棄になってぜーんぶ片付けちゃったの」
「まあ」
「で、終わって慌ててダンスパーティ覗きにいったら、もう最後の一曲で。でもみんなで二階からみたよ。それはそれで面白かった!」
きれいだったと、香穂子がいった。
「ドレスがくるくるまわって、きれいだったなー」
「そうでしょうね」
「冬海ちゃんは、入学前からこのダンスのことは知ってたの?」
「はい、ちらっとは聞いていました。でもこんなに盛大なものだとは思ってなくて……」
「だよねー。ヘンな学校! 妖精とかいるしさー」
香穂子はまた笑った。
「ねえ、冬海ちゃん、見て。私たちのドレス」
冬海は、ステップは止めないように注意深く、視線だけを下にやった。
青と桜色の柔らなか布が、舞っている。
「きれいだね」
「はい、回ってみましょうか」
冬海は、香穂子の体を支えるようにして、ターンをした。
ふわりと、ドレスの裾がはためく、揺れる。
「すごい、すごい」
香穂子が、無邪気な声をあげた。
喜んでる香穂子の姿に、冬海も嬉しくなる。
再び、くるりと回った。
きっと誰かがこの光景をみたら、おかしく思うだろう。
冬海笙子はそう思った。
ワルツが終わった。
二人のステップも止まる。
どちらともなく手を離し、体が離れた。
急に気温が下がったような気がした。
「あ~ちょっと疲れちゃったけど、楽しかった!」
「はい……」
先ほどまで、香穂子の体に触れて踊っていたのが、急に恥ずかしくなって、冬海は俯いてしまった。
「ありがとねー、冬海ちゃん、踊ってくれて。いい記念になったよ」
「いえ……あの、私もです」
「そう? よかった。じゃあ、戻ろうか。着替えもしなきゃね」
「はい」
香穂子が一歩、校舎のほうに踏み出した。
パーティは終わってしまった。
ここはただの学校の前庭で、これから二人は制服に着替える。
パーティは終わってしまったのだ。
音楽がなくなって、ダンスも終わって、他の生徒たちももうすぐ帰宅することだろう。
特別な日が終わっていく。
「香穂先輩」
笙子は、香穂子の隣に並んだ。
でも、香穂子のほうはみれなかった。
「あの……もしよかったらなんですけど……来年の後夜祭でも一緒に踊ってもらえませんか」
こんなことを言うなんて。
なんだか、私、おかしい。
どこかでそうも思っていた。
香穂子が隣で立ち止まった気配を感じたので、笙子も立ち止まった。
「ごめん、冬海ちゃん」
その言葉に、笙子の体はびくんと固く縮こまる。
「約束はできない……」
香穂子が呟くように言った。
笙子は恥ずかしさと後悔で、顔が熱くなるのを感じた。
早く、言わなくちゃ。
無理なことをお願いしてごめんなさいって。
笙子が口を開きかけた時、香穂子が言った。
「去年、お化け屋敷をやったって、さっき話したよね」
お化け屋敷?
ダンスとは全然関係のない言葉に、笙子は、はっと顔をあげた。
香穂子がこちらを見ている。少し困ったような顔をしていた。
「楽しかったな、みんなでいろいろ作ってさ。けっこう凝ってたんだよ」
「はい……」
「その時は、次の年の文化祭で、自分がヴァイオリン弾いてるなんて思ってなかった」
「……あ」
それは、笙子の知らない香穂子だ。
多分、他のコンクール参加者も知らない香穂子の姿だろう。
ヴァイオリンを弾いていない、普通科の一生徒である日野香穂子。
「だからね、思うの。来年、どうなってるか全然わからないなって」
「……はい」
「だから、約束はできない。ごめんね」
「……いえ」
笙子は首を振った。
約束をできない、という香穂子は誠実だと思った。
だから、好きなんだと改めて笙子は思う。
「私こそ、唐突に変なお願いしちゃって、すみませんでした」
「あー」
香穂子が、少し口ごもった。
「えっとね、冬海ちゃん……来年、お互いがちゃんと文化祭に参加できるってわかったら、私からちゃんと誘うね?」
「えっ?」
笙子は驚きで、口元を手で覆った。
「ほら、ほんとはコサージュが必要でしょ? それ用意しなきゃならないし。たいていみんな事前にちゃんと相手を誘ってるよね」
「ええ……」
「私も、ちゃんと練習したいしね。ワルツ」
「わ、私も」
笙子も、いきおいこんで言った。
「コサージュ、ちゃんと作って、あと、ステップも勉強してきます!」
「……男性側の?」
「は、はい!」
香穂子は、うーんと考えこんだが、
「まあ、それもいいか。みんな、驚くだろうけど」
と呟いた。
じゃあと、香穂子は笙子の手を取った。
「エントランスの真ん中で踊って、みんなを驚かせちゃおう」
笙子の手をとったまま、香穂子は歩き出した。
もうダンスは終わってしまったエントランスに戻るために。
笙子も香穂子の手をそのままに、一緒に歩き出す。
「なーんか、想像したら楽しくなってきたー」
香穂子は笑い出した。
私も、なんだかその風景が見えるみたい。
笙子は想像した。
きっと、二人のドレスが広がって、花のように見えるだろう。
二輪の花のように。
エントランスに近づくと、人のざわめきが聞こえてきた。
後夜祭は終わったけれど、去りがたい生徒たちが残っているのだろう。
パーティは終わってしまった。
でも、きっとまた開かれる。
あのワルツの繰り返されるフレーズのように。
その時は、一晩中でも踊っていたい。
終わらないワルツ。終わらないこの想い。
笙子は、つないだ手に少しだけ力を込めた。
<終 2009/1/24 write>
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「f」で冬海ちゃんと踊れたらいいのになあ~と妄想してるうちに書いてました。
余談ですが、土浦狙いのファーストプレイで、冬海ちゃんがコサージュを用意してくれた時、
「え! 冬海ちゃんと踊れるんだーー!」
と早合点し、一瞬で土浦の存在がふっとびました。
その後の練習室でのダンスは、すごい(私の中で)罪悪感でいっぱいでした。ごめん土浦……。