日冬。
なんか慌てて書きます(これから)
「さようならクリスマス」
クリスマスイブのコンサートは、無事に成功に終わった。
翌日のクリスマス。学校も冬休みにはいった冬海笙子はひとり自室にいた。
やはり昨日のコンサートは緊張していたのだろう。
まだ疲れが残っているようで、休みの午後はいつもならクラリネットの練習をするのだが、今日はまだケースを開けてもいない。
笙子にしては珍しくベッドカバーの上に横になり、天井を見上げていた。
終わっちゃったんだ……。
慌ただしい二学期だった。
それを考えると、今日くらいのんびりしたってバチは当たらないだろう。
冬休み一日目。また年末に向かってばたばたと忙しくなる。
その時、携帯にメールが届いたことを知らせる音が鳴った。
携帯電話は勉強机の上におきっぱなし。
笙子は慌てて起き上がった。
そのメール着信音は日野香穂子専用の音だったからだ。
短めのガヴォット。
ーめりくりー! って昨日も言ったような気がするけど。ケーキは食べた? 私も沢山食べちゃったよ~。でもまだ食べたりない気もするけど。
香穂子からのメール。
「え、と……」
ケーキは確かに食べた。
でも昨日は帰りが遅かったので、実は今朝食べたのだ。
朝食の後にケーキ、というのもおかしな感じだけど、笙子くらいの年頃の女の子だったら、全然平気。
笙子の母だって、コーヒーを飲みながら笙子に付き合ってケーキを食べていたくらいだ。
いくつになったって、女の子だったらこのくらい平気。
どうしよう。なんて返そうかしら。
笙子はうーんと考えた。
ケーキは今朝食べました。香穂先輩は何のケーキでしたか? 今日はクリスマスですから、もっと食べてもいいと思います。
なんだか冴えない。
携帯電話を握りしめたまま、笙子は小さく溜息をついた。
こんなことを言いたいんじゃなくて……。
笙子は昨日のクリスマスコンサートのことを思い出した。
コンサート後、香穂子に自分の今の気持ちを打ち明けた。
コンサートの練習を通じて、見つけることができた本当の気持ち。
音楽への、コンサートの仲間への、そして香穂子への。
でも、香穂先輩にはもっと言いたいことがあった気がするわ。
今思えば、そんな気もするのだが、あれで精一杯だった。
だから満足している。
そんな夜の翌日だから、気が抜けてもしょうがなかったのだ。
香穂先輩、時間あるのかな。
メールの文面をみながら、笙子は考えた。香穂子だってもちろん休みだ。多分、ちょっと暇で、だからメールをくれたのだろう。
電話……してもいいかしら。
笙子は思った。
なんだかメールの文章がまとまらない。ちょっとだけ話せば、それで用件は済んでしまうのだから。
かけても、いいよね……。
そう思ったら、もう笙子は電話帳から香穂子の番号を探し、発信していた。
*
「ごめんね、わざわざ出てきてもらっちゃって!」
「いいえ、私が来たかったので……」
結局、香穂子も時間があるということで、駅前で会うことになった。
笙子は急いで支度をして、家を飛びだした。
それでも、笙子の家は星奏学院のある街の駅まで時間がかかるので、すでに空は夕方色に変わっていた。
「香穂先輩、ケーキ食べにいきましょう」
「そうだね! 私、昼も食べちゃったけど、クリスマスだからいいよね!」
「はい、私も朝に食べましたけど……いいですよね」
二人はくすくすっと笑った。
イルミネーションが瞬く街を歩いて行く。
今日は暖かな日だった。
昨日降った雪はもう消えてしまっている。
「ねえ、クリスマスって変だよね」
「え?」
香穂子の言葉に笙子は問い返す。
「だって、クリスマスって今日25日が本番なのに、イブが過ぎちゃうともう終わったって感じになっちゃわない?」
「そういえば……」
確かにそうかもしれない。
街のケーキショップ。店頭のワゴンで売られているケーキたちはまるで取り残されたよう。
この商店街に立ち並ぶクリスマスのデコレーションも今日の夜には取り外され、明日は新年を迎えるための飾りにとって変わられることだろう。
「言われてみたらそうですね。今日がクリスマスなのに」
「うん……だからちょっと寂しいなって気がしちゃうの。クリスマスなのに」
そう言う香穂子が寂しげだった。
どうしたのだろう?
いつも元気な香穂子と違ってみえた。
どうしたのですか。
そう聞いてみたかったけど、聞けなかった。
そっとしてあげたいと思ったからだ。
「でも、今日はまだクリスマスです!」
笙子は言った。元気づけるように明るい声で。
「だから、ケーキ食べましょう! どこ行きますか?」
香穂子は少し驚いたような顔をした後、ふっと笑った。
「……ありがとう、冬海ちゃん」
「はい?」
ううんと香穂子は首を振った。
「えっとね、ほんとは私からケーキ食べに行こうっていいたかったの。でもお家でなにか用事があるかなと思って、それでメールにしたんだ」
「そうだったんですか。言ってくれれば……」
「それは、そうだけど」
照れたように香穂子は頭を掻いた。
「だって、昨日も会ってるし、今日も会ってってなんだか……」
なぜか香穂子の言葉の語尾が萎んでいく。
「はい?」
笙子は問い返した。
「な、なんでもないよ」
「そうですか?」
「うん、来てくれてありがとうって」
「そんな」
香穂子の礼に、笙子は嬉しくなった。
「じゃあ、行こう!」
「はい」
さようならクリスマス。今年のクリスマス。
でも、まだ時間はある。
陽はいつの間にか、海の向こうで沈んでいってしまったけど、まだ二人でケーキを食べる時間なら十分にある。
終わっていくクリスマスの街の中を二人は歩いていった。
【終】