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沖千(薄桜鬼)

まこりんが「薄桜鬼やったよー。こんな話はどう?」というので。

私「いいじゃん、書いてよ。うちのサイトに載せるよー(サイトない人だから)」

ま「え、面倒だから、アンタ書いて、アンタのサイトに載せればいいよ」

私「……なぬ」

ということで書いてみました……これでいいだろうか。沖田は難しいな。
沖千だけど、千鶴自体は出てきません。

続き

「猫と君と僕と」

 にゃあ。
 
 夕暮れ。
 新選組が屯所として居を構えている西本願寺の一角だった。すでに時を告げる鐘は鳴り響き、京の広い空が夕闇に包まれていく頃合い。
 その鳴き声に足を止めたのは土方歳三だった。
 
 にゃあ。
 彼は視線を下に向ける。そこには、一匹の三毛猫が張り出した廊下に立つ土方を見つめていた。
 ひとなら、鬼の副長と呼ばれる彼に気後れもするだろう。だが猫だ。
 ただ、その無垢なまなこを彼に向けるだけ。
「……餌をねだりにきたか。たく、総司のせいで……」
 新選組一番組組長の沖田総司は、動物や子どもが好きで、時々野良猫に餌をやっているのを、土方は知っていた。
 特にとがめる行為でもない。
 殺伐とした日々の中で、多少でもそれが慰めになるのならそれでいい。
 そうも思っていた。
 もっとも、沖田総司という人物がそういったことを求める性質ではないとは判っていたが。
 だが、今は、沖田は……。
 
「なんだ、タマ、また来ちゃったんだ」
 その声に土方は振り返る。
 沖田総司がいた。いつものように飄々とした顔で。
「餌、欲しがってんじゃねえのか」
 土方のその言葉に、沖田はあっさりと言った。
「あげるのやめたんですよ、餌。三日前から」
 なんだと、と言うかわりに、土方は眉を顰める。そんな表情を見てるのか見てないのか、淡々と沖田は言葉を続けた。
「いつまでも、僕があげ続けられるわけじゃないでしょ。だったら、他の家についたほうが、タマのためってもんですよ」
「何言ってやがる。らしくもねえ」
 吐き捨てるように土方は言った。そして、相かわらず、ちょこんと庭に座っている猫を見た。
 猫は、二人の剣士の話をまるで黙って聞いているかのよう。
「土方さんが、僕の後を引き継いでくれるなら、いいんですけど。やってくれる?」
 にやりと、いつもの人をちょっと小馬鹿にするような表情を浮かべて、沖田が言った。
「莫迦なことを言うな。俺がお前より長く生きられるとは限らんからな」
「困るなあ」
 沖田は頭を掻く。
「土方さんには、近藤さんを守ってもらわなきゃいけないんですから。もし、土方さんが早々に倒れるようなことがあったら、僕が斬りますからね」
 斬りますからね。
 その言葉だけが鋭く放たれた。夕暮れの穏やかな空気を切り裂いていく。
「わけわかんねえこと言うな」
 土方は、溜息をついた。
 にゃあ。
 猫がまた鳴いた。
 沖田は、廊下にしゃがみこみ、猫を見て言った。
「タマ。もう僕は君に餌をあげられないよ。だから、お行き。お前は野良にしちゃ器量良しだから、きっと可愛がってくれるところがあるから」
 にゃと猫はまるで沖田に返事をするように鳴く。
「ね? いきな。もう来るんじゃないよ」
 不思議なことに、諭すような沖田の言葉がわかったのか、猫は立ち上がり、くるりと背を向け、てとてとと歩き出す。
 その小さい姿を、沖田と土方は見送った。
「まあ……」
 土方が言う。
「猫にかまけてる暇なんざ、これからはなさそうだからな、丁度よかったかもな」
 時代の流れが、ますます大きくうねっている。明日をもわからぬ時代だった。
「そう。半端に情けをかけるほど、残酷なことはないですよ」
 しゃがんだまま、沖田は首を曲げて、土方を見上げた。
「ねえ、土方さん」
「なんだ」
「どうするんですか、長いこと一緒にいればいるほど、放り出すのも忍びなくなっちまう」
 土方は一瞬黙ったが、さすがに表情を変えずに答えた。
「なんの話だ」
「とぼけちゃって」
 昔馴染みの二人の間には、時々、こうして緊張が走る。今もぴんと何かが、夕方の空気を固いものに変えていった。
 しばしの沈黙。
 その静寂を破ったのは、意外なものだった。
 
 にゃあ。
 
「あれ?」
 沖田が驚いたような声をあげた。つられるように、土方も鋭い双眸を向ける。
 猫だった。さきほどの三毛猫。無垢な眼差しで二人を見上げていた。
「タマ、戻ってきたんだ」
「どうすんだ、総司」
 さすがの土方の語尾も柔らぐ。小さきものの出現で、さすがの鬼の副長も緊張を解いたようだった。
「困ったなあ。ほらね、こうなったら、土方さんも困るでしょ? だから早く、追い出したほうがいいですよ」
「……困るのはお前だろう、総司」
 その言葉に、総司は答えなかった。答えないのが答えだとも言えた。
「総司、顔色が悪いな。松本先生にも言われているだろ、ちゃんと休んどけ」
「わかってますよ」
 沖田は、猫に視線を向けたまま、土方のほうを見ようとはしなかった。
 少し痩せたか。
 沖田の背中を見て、土方は思った。まだ沖田が少年の頃から、土方はその背中を知っていた。大きくなったと思っていたのに。
 今は、まるでかつての少年の頃を思い起こさせる。そんな後ろ姿だった。
 ふいっと、土方はそのままその場を立ち去る
 新選組の副長、土方歳三は忙しい。やらねばならぬことが山ほどある。
 小憎たらしくも長い付き合いである友の身を案じていても、それだけにかまけるわけにいかないのだ。
 それが今の土方の立場だった。
 未練なく土方は、だから立ち去る。
 
 その足音を、沖田は背中で聞いていた。
 立ち止まって欲しいなんて、思っていなかった。
「タマ、土方さん、いっちゃったよ」
 沖田は座り込んだ。夕暮れの空気が足を冷やす。それでも構わなかった。
 にゃあと、猫はまた鳴いた。
 餌をくれとねだっているのか。
 それとも。
「困ったな。ほんとに餌はあげないよ? それでもいいなら」
 おいで、と沖田は腕を伸ばした。
 猫は、容易に沖田の膝に上がってくる。
「よしよし、いい子だ。お前は」
 沖田は猫の丸くなった背中を撫でる。暖かい。柔らかい。
 猫が気持ちよさげに目を閉じる。
 傍にある暖かく柔らかいもの。その感触。
 沖田は何度もそれを撫でる。
「……困ったな」
 その呟きは、天空から降りてくる宵闇に吸われ、消えていった。
 
<終>

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