冬海ちゃん誕生日企画に出したSSです。
冬海、日野、天羽で友情もの。
「冬海先輩、お疲れさまでした」
「お疲れさま」
先輩と呼ばれることにも、すでに慣れた。
冬海笙子はオケ部の練習を終えて、音楽室を後にする。後片付けは一年生の仕事だった。
廊下から窓の外をみると、すでに陽は落ちかけていた。
ついこの間まで、半袖を着ていたような気がするのに。
冬海はすこし溜息をついた。
流れていく時間は早い。あっという間に景色は色を変えていく。
きちんと着込んだコート。季節はすでに秋から冬に変化していた。
本当に早いわ。
大人ぶった気持ちで冬海はそう思った。
あっという間の一年だった。
そう振り返るのは、今日が冬海笙子の誕生日だからかもしれない。
エントランスに向かう廊下を歩きながら、冬海は去年の誕生日からの一年を思い出していた。
去年の今頃はコンサートの練習の真っ最中だった。
二学期の終業式はクリスマスコンサート。
年が明けて、市の音楽祭が開催されることになって、またコンサートメンバーでアンサンブルをやって。
楽しかった。
はじめてのアルバイトもしたっけ。春が来て、二年生に進級して、後輩も出来て。
高校生になって二度目の夏。合宿は賑やかで、でも練習は真剣だった。多分、私も少しは上手くなったと思っている。
たくさんの、たくさんの思い出と出来事と。
一年なんて、本当にあっという間。
過ぎ去る季節はあまりにも早くて、手から滑り落ちていく砂のよう。
思い出は確かに残る。
でも、どこかその季節を留めて起きたいと思うのはなぜだろう。
放課後のエントランスは静かだった。
多くの生徒はすでに帰宅してしまっているのだろう。
冬海は、その豪奢なエントランスを見上げた。高い天井だった。
ファータはいるかしら。
もちろん、この土地に住む妖精の姿は見ることはできなかった。
すでに彼らは思い出の中にしかいない。冬海に出来ることは、彼らの姿を思い浮かべることだけだ。
今だって、とても楽しいのに。
一年前のことを、時折懐かしく思いだすことがある。
あの頃のことは、遠くで輝き続ける大事なものとして、冬海の心の中に留まっていた。
卒業した人がいて、海外にいってしまった人がいて、同じ学校にいても立場が変わってしまった人もいて。
もちろん、みんなの活躍はとても嬉しい。
みなが、それぞれの道を選び確実に歩んでいる。それは冬海にとっても嬉しいことだ。
離れていても、メールが届く。
つながりが切れてしまったわけではない。
それでも、どこか寂しいのも確かだった。
エントランスから外に出ると、冷たい風が冬海の髪を揺らした。
きっと秋のせいだわ。
冷たい風、舞い落ちる銀杏の葉、暗い帰り道。
どこか寂しいのはそんな晩秋の風景のせい。
冬海はそう思うことにした。
今日は誕生日だから家では、ご馳走とケーキとプレゼントが待っているだろう。
それを想像して、すこし勇気を出して、寒空の下を冬海は歩き出す。
「冬海ちゃん!」
「待ってたよー、冬海ちゃん」
それはまるで一年前と同じように、そこに二人がいた。
「香穂先輩、天羽先輩!?」
正門で自分を待っていたのは、三年生の日野香穂子と天羽菜美だった。
天羽が手をふる。
冬海は、小走りに彼女らに近寄った。
「あの……どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたも!」
「だって、誕生日でしょう、冬海ちゃん」
香穂子が、にこっと笑って言った。
そう。
去年もこうして、二人が待っていたのだ。
サブライズだよって言って。
このところ、受験を控えた香穂子と天羽は、忙しい毎日を送っている様子だった。
一学期は、たまに三人で放課後にカフェによったり、休日に出かけたりしていたのだが、夏休み以降はほとんどそんな機会はなくなっていた。
寂しかったが、今は勉強が大事だからと思い、冬海も特に声をかけることはしていなかった。
だから、今日も約束はしていなかったのだ。
「今年もサプライズ~と思ってさ! お祝いしようと思って」
いつものように明るい笑顔で、天羽が言った。
「……はい、驚きました」
冬海はそれだけを言った。
ほんとうは、去年みたいに三人で過ごすことが出来たら、すごく嬉しい誕生日になると思っていた。
でも、そんなことをお願いするのは勉強の邪魔になると思って、とても言えなかった。
だから驚いたし、そして嬉しかった。
「じゃあ、どこ行く?」
歩き出しながら、香穂子が冬海に尋ねてきた。
「まずはやっぱりケーキだよね! ケーキ!」
天羽が楽しそうに言う。
そんな二人に挟まれて歩きながら、冬海は言った。
「私は去年と同じコースがいいです」
三人でケーキを食べて、可愛いお店をみて。
誕生日だから、ちょっと特別だけど、それでいていつもと同じようなお喋りを。
巡った季節を否定するわけじゃないけれど、それでもほんの少しだけ、あの時と同じように過ごしても構わないですよね?
明日からは、また前に進むのだから。
「よっし、じゃあ、それでいこう!」
香穂子が変わらない笑顔を。
「あそこのお店のケーキおいしいもんねー。そうそう、新メニューが出来たってうちの後輩がー」
天羽が変わらないお喋りを。
この心地よさを冬海は久々に味わった。
「はい、行きましょう、先輩」
歳を重ねる。
こんな言い方、私にはまだ早いのかもしれないけど。
こうして思い出が重なっていくことを実感できるのは、子どもの頃には判らなかったことかもしれない。
冬海はそう思った。
11月の空にはすでに夜の帳が落ちていた。
今日は遅くなるねって、後で家にメールしよう。
また大人に近付いたんだから、少しくらい遅くなっても大丈夫だよね。
嬉しくて冬海は笑った。
落ちた葉を踏みしめながら、三人は街へと続く坂道を歩いていく。
賑やかなお喋りの声を振りまきながら。
一年前と変わらぬ風景だった。
<終 2009.10>
2の冬海誕生日イベントの一年後で。
この頃の三年生は忙しいだろうなあと思います。
2での火原と柚木はなにやっとんじゃと思いますがww
この三人がキャッキャウフフしてるシーンも大好きです。